デッサンを描いてみた ①

    文化の家で開かれている「アートスクール」の講座の一つ、「絵画講座」を受けて数年経つ。
    講師の山本先生は教材を工夫され、シニア層の生徒たち20人を熱心に指導してくださる。
    これまで、水彩,油彩,アクリル絵具,パステルなどを使って色彩を楽しんできた。
    ときどきは鉛筆の濃度を変えての静物デッサン,石膏像も描いてきた。

    色彩のないモノトーンになると光や影で立体を表現するので、対象に集中して取り組まないと描けないのだ。
    思うように描けないと落ち込むし、上手い人の作品がうらやましい。
    どうやったら対象を的確に表現できるのだろう? デッサンの描き方というものがあるといいな。

    あるギャラリーで偶然出会った人が「デッサン教室」を運営されていた。
    美術系の学校を目指す中,高校生のための個人塾だが、お願いして入会させていただく。

   「君は見えている通りに描けますか? 美術の基本でありながらむしろ難しく思われがちなデッサンを、
    初心者を中心に基礎から丁寧に指導します」と・・・。 通い始めて3ケ月半となる。
    


① 数本の種類の鉛筆で濃淡の練習

② 立方体の三つの面の色の違いをかき分ける

③ 円柱の丸みと遠近を出す

④ 八角柱はなぜか描きやすかった

⑤ 円錐とテーブル接面の線を強く

⑥ 角錐の三本の斜めの線に手こずる


       ここまでは2時間のレッスンの中で何とか描くことができた。
       わりと描けるじゃん! と内心いい気持ちになっていたのだが、この後が難問続きである。
       1回では描けずに、2回連続で課題に取り組むことになった。


⑦ 太い円柱と細い円柱を組み合わせた円柱貫通態

⑧ 角錐に四角柱の角錐貫通態は何度も書き直し

⑨ 石膏なのにふっくら柔らかい女性の手の表現


     
     手の石膏像を描き終えて、ひとまず初歩のデッサン講座が終わる。
     妥協のない先生のご指導によって我が年を忘れ、受験生のような集中力が出てきたみたい。

     「これからは描きたい題材を探してください」と、第二段階に。
     エレベーターのないマンション四階の教室を後にして、次回からは出張講座をお願いした。


動力織機の経糸を巻く大管いろいろ

前の大管ははっきり、後ろは存在ありを表現する


      
      7月は木炭で描くことになり、テーブルに白布を敷いて白いケトルとカップセットを配置する。
      イーゼルに立てたカルトンと木炭紙の使い方と、大まかな形と明暗を教えていただく。
      「全体を暗くして白いモノが浮かぶようにしてください」とのアドバイスで、以後数時間描き続ける。


紙の上に浮かぶ炭を指で擦り込んで定着するのはパステルと似ていた。
大まかで力強い描き方ができるので好きになりそうだ。

定着液のフィキサチーフで炭の粉を落ち着かせてほぼ完成!


ながくてアートフェスティバル欅舎

ギャラリーへの扉です

白水ロコ木彫「ベヌウ」

10月1日~22日の土,日,月,火曜日 13~17時OPENしています。

欅舎企画展のテーマは
「木から生まれる・暮らす」としました。

会場に展示した作家作品以外に玄関にも 作品がいっぱい。
この様子の記録ですが、ぜひ実物をご覧くださいませ。

欅舎アートマガジン「暮らしにアート」を創刊しました。お持ち帰りくださいね。


玄関ギャラリーにも作品が住む

深田庸子の木彫「ためいき」

馬見塚喜康「こもれび」

鳥居純子「遠い声」他

中林万里子「Behind the tree」他

森田朋版画「600万年前 星の話」

波多野友香 連作「心臓音へ向かう道」

国島征二「AC-7A16-1]

仲宗根奈美「和紙の5変化」

福田十糸子「和紙の人」

佐治直子「和紙に撮影」他

佐治直子「手漉き和紙のスクリーン」

葉栗里木彫「あおのまにまに」& むろまいこ「住み処」

織りと糸のアトリエへの扉

扉から入った様子です

正面には道具や糸が壁いっぱいに

天井の草木染糸&作業場

機織り機三台から作品が生まれる


ステンドグラスの窓

     建物の壁は室内と室外を隔てる役割があるが、壁の一部を窓にすることで外とつながることもできる。
     その一方で、窓は光を取り込み空気を通わせるとともに外からの侵入者を防がなくてはならない。


中から外が見えるだけでなく、外からも良く見える

建物が半分土に埋まっている庭側を含む1階の窓は、防犯のための曇りガラスサッシだった。
けっこう頑丈だけど味気ないので、ある会社に依頼した。
サッシの枠はそのまま利用し中身を全てステンドグラスにする(デザインはお任せ)ことだった。
それから10数年が過ぎ周囲の景色が一変した。天候も人の気配も良くわかる。
通路を人が通っても、足が見えるので防犯上も安心できる。


障子の桟にステンドグラスをはめた窓

ここは通路に面した室内だが、昨年の冬にシロアリ被害にあって壁も窓もすべてを作り変えた場所である。
窓の下にも窓を設置したのはシロアリ対策のためだ。
コンクリートブロックの上にガラスを置いたので、今年の春はシロアリも敬遠してくれるかな?
近くの会社の人が「何食べようか」と昼休みに通ったり、子どもの遊ぶ声が聞こえるだけでなく、歩く足が見えるのがひそやかな楽しみ。     ちょっと趣味悪いかなあ。


灯りがともる②

     このステンドグラスに出会ったのは3,4年前だったか?
     覚王山アパートの玄関ギャラリーで、残り少ない展示物の中にスックと立っていた。

     その頃の店「プリズム」のオーナーが作家について話してくださったことは、
    「高齢のお父様が思い出すと辛いからって、皆さんの手に渡したいと言われた娘さんの遺品です。
     たくさんの人に購入してもらったけど、残った作品がここにあるんです」と。

     この作家の名前は忘れてしまったけど、住宅や公共建築物の空間づくりに関わっていられたそうだ。
     スケールの大きなステンドグラス作家だったと推察する。


昼間は作品の一つになっている

夕暮れになると周囲を照らす存在に


      薄暗くなってから買い物に出かけるとき灯りをともしておく。
      すっかり暗くなった玄関の手前で、ガラス窓を通しての灯りが見えるとホッとするのだ。
      周囲を華やかに照らしている灯りは、無言で出迎えてくれている。

      会ったこともない作家だけど、この人が残した作品は暮らしの中に生きている。 4月16日 記


灯りがともる①

自然光の中では宇宙人みたい

灯りかともると不思議な雰囲気に

作った人がこの世にいなくなっても、優れた作品なら残る。
有名な作家でなくても、遺族やかっての友人の手で保管されることもある。

6年前にギャラリー象家が閉鎖されたとき、オーナーの遺品が大量に残された。
遠く離れた遺族たちはアート作品に関心がなく引き取らなかった。

元のスタッフの手で形見分けがされ、単なる知人の私にもこの作品が来てくれた。
とても大きくて置く場所に工夫が必要だけど、大きな彫刻作品のようでおもしろい。
和紙に着色して光源をつくり、青い地球にも宇宙人にも見えるのだ。

現代アートの作品を身近に見たこともなかったので、変な灯りだなあと思った。
大きすぎて困るくらいの存在感は半端じゃない。私が生きている間は、ずっとここにいるだろうな。

明かりが灯ると、あの世からのメッセージが届いたような不思議な気持ちだ。
4月15日 記


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